なぜ釣り番組は糞なのか。

自分の住む関東では釣り番組がいくつか放送されている。

しかし、どれも箸にも棒にもかからない糞番組だ。

で、なにげに皮肉たっぷりのおもしろい秀逸なタイトルをつけた画像をネットで拾った。

「釣り番組に対する視聴率の真実」ww

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釣り番組を観ているのは猫だけ・・って、思わず吹いてしまった。

どの番組も視聴者(釣り人)の事を意識しているとは思えない内容。
しかも釣り好きなら普通は見ないであろう時間帯(土曜日と日曜の朝)にオンエアするのだから訳がわからない。

現代の情報化社会において、ヒットを左右するのもは「共感」であろう。釣り番組なら釣り人の共感を得ることが前提となるのだが、放送内容の多くは「船釣り」「沖磯」である。しかし、この二つのキーワードに対する共感度は低い。どちらもお金がかかり、場所が限定され、万人受けしないからだ。

にも関わらず、番組が固執する理由のひとつは「絵になる釣果」が必要だから。大スポンサーが付いて、セミプロのフィールドテスターが竿を出しているのに、釣果がクサフグとネンブツダイでは洒落にならないからね。

それと船釣り師は金持ちが多いというのもあるだろう。陸っぱり師は貧乏臭い格好でバイクというスタイルが多い一方、船釣り師は外車で乗り付けてくるのも珍しくない。

一番共感を得られるのは誰でも行ける河川、防波堤や地磯で、素人には釣れないビッグな釣果を叩き出すというものだが、それはプロでも無理なのだろう。人気のバス釣りでさえ、自前のボートを出しての釣りだから貧乏釣り師の共感など得られるはずもない。

そんな場所でも素人で釣果をあげる人がいるが、通いつめた地元師だから出せた結果で、よそ者がふらっとやって来て釣れるほど甘くないので番組にはならない。昔はヤラセもあったらしいが、今はそんなことをすれば、すぐバレてネットで袋叩きにあうしね。

それでも、あのようなつまらない番組が漫然と垂れ流されいるのは何故なのか?

推測するに、

・スポンサーが新製品をPRすることだけ考えているから。
・釣り人口を増やすため、既に釣りをしている人より、これから始める初心者にアピールする目的。

故に視聴率とは無関係に作られているのだろう。虫餌も触れないキャンギャルみたいなのが、タイラバで釣れた~♪って喜んで観る釣り師はいない。

最近は旅番組をかけ合わせたどっちつかずな糞番組、というか消化不良な下痢番組まで登場する始末だから何も言えない。

釣りを始めた最初の頃は少しは観たが、今はとても見る気がしない。

たとえ釣れなくても、プロが果敢に技術を駆使する姿を見てみたいものである。

ニュースを遮断しストレスフリーなライフスタイル

何度か試した結果、

やはり、マスメディアのニュースは見ない、聴かない、話さないことにした。

理由は単純。

仕事や家庭など日々の暮らしで多くのストレスを抱えているのに、自分とは無関係なニュースで怒りやストレスを感じたくないから。

メディアというのは、「恐怖産業」。
人々の不安や恐怖を煽って、世の中を煽動しながら、自らの媒体価値を高めて広告収入を得ること。

新聞を読まない奴は社会人として失格とか、ビジネスマンは日経を読め、というのは社会的洗脳であり時代錯誤。
今や購読者のほとんどは中高年か情弱な人。

紙面は事故や犯罪と広告が大半で、経済ニュースなんて要は大企業のプレスリリース(広告)。テレビやラジオも同じ、というか新聞より酷い。

「〇〇殺人事件」
「森加計問題」
「横綱殴る」
「北朝鮮、ミサイル発射」

いずれも、どうでもいいよ。自分には無関係か、どうにもならない話ばかり。

「右だ左だ」というのは活動家の人に任せるよ。

「TPP」「トランプ」??

ドル円でキリキリする仕事してないし、株もやってない。

メディアや世間は「政治に関心を持とう」というが、彼らは世の中の「こいつはけしからん」という空気を煽って金儲けしているからいいだろう。しかし、煽られてもどうにもならん問題でこちらはストレスが溜まるだけだ。

余談だが、世間話で報道ネタを持ち出す人の話ほどつまらないものはない。誰でも知ってる話をしても情報性もなければ共感も無いから。(自戒)

以前は有料のネットニュースも見ていたくらいだから、180度の転換。

それでもIT情報化社会だから、否応無しにニュースは多少入ってくるが、

遮断して2週間、ストレスは半分になった気がする。

スマホがつくる不思議な光景

自分は仕事柄、電車などの公共交通を利用するのはたまにしかない。
しかし、めったに乗らないだけにいつも新鮮で、いろいろ感じるところがある。

いつも感じるのが、ホームで待っている人から、車内の乗客までほとんどの人が片時もスマホを離さず、画面とにらめっこをしている光景の異様さ。

ひと昔前は電車の中では寝ている人、読書をしている人、新聞を読んでる人、音楽を聴いている人などいろいろだった。

しかし、今は寝ている(目を閉じているだけの人も含む)以外は皆スマホを手にしている。

対面に座った人全員がスマホを注視する光景は、ある種SF映画のような、奇妙で不思議な光景に思える。

スマホ1台あれば音楽鑑賞、ゲーム、読書、メール、ニュースのチェックなど何てもできてしまうからだろうが、逆にスマホが無かったら、皆どうするかが興味深い。

あと、これだけ多くの人が持っているなら、そりゃぁ携帯会社は儲かるわけだ、なんて思ったり。

肌身離さず持ち歩いているだけに無くしたら大変だよな・・とか。

スマホ1台にその人の行動や趣味趣向、思想信念が詰まっていて、盗まれたらライフスタイル全体がまるごと分かってしまう。IT企業はそれらを収集してビッグデータとしてAIに活用してるというし・・。

コワイね。。

スマホは単なる通信端末ではなく、その人そのものに成りつつあり、水や空気と同じくらい生命に関わるものになりつつある。

シリア難民のような食うや食わずの人々がスマホを持っているのは不思議に思えたが、スマホのおかげで逃げて来られたらしく、亡命の必須ツールでもあるからまさに命綱。

・・とそんな事を考えていたら新宿に着いた。