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野生の感と釣り

人間の釣りと野鳥の漁

以前から感じていたことだが、今回の釣行で改めて実感したことがある。

磯や防波堤にはカラス、トンビ、ウミネコといった鳥たちがいる。この中でトンビが鳴きながら空を舞っている日は釣果が良い。記憶をたどる限りボーズだったという日が無いのだ。

なぜトンビなのかと言えば、 カラスやウミネコが人の持っている食べ物や撒いた餌(オキアミ、イソメ等)を食べようと群がってくるのに対して、トンビは海に泳ぐ魚を上空から観察し素早い動きで捕獲するだけでなく、釣り師が釣った魚も奪おうと虎視眈々と狙っているからだ。

私にとって釣りは遊びだが、トンビにとっては魚は貴重な主食であり漁だから必死である。魚が獲れない日に無駄に体力を使う訳にはいかないだろうから、釣れない日は姿を見せない。つまり、トンビは魚の活性が高い状況=釣れる日を見極めているのである。野生の持つ鋭い感ってやつかもしれない。

基本、鳥は釣り師にとって迷惑でしかない。カラスは持参した弁当や餌を漁るし、ウミネコ(実際は違うかもしれないがよくいる白い鳥だ)はナブラの目印にはなるが磯釣りでは撒き餌を啄み魚を警戒させるばかりか、風が強い日はハリに掛かることもあり邪魔者でしか無い。鳶も似たようなものだが、釣れる指標になるところはありがたい。


この日は午前中まで半日以上渋かったが、トンビがいたので釣れると信じて我慢した結果、そこそこ満足するメジナを釣ることができた。

名礁も潮が悪けりゃただの岩

タイトルの格言、誰が言ったか名言である。

未熟な技術は脚でカバー

ベテランに言わせるとあまり良いことではないというが、技術の無い自分は反応が悪いとすぐ場所を変える。もちろん自分なりに仕掛けやタナを工夫してのことだが、ダメだと思った時は我慢せず釣座を移動する。場合によっては車で磯そのものを変えることもある。

そんなことをしていたら時間が過ぎて時合も逃すことも想定されるが、ストレスの溜まる場所でやり続けるよりは自分にとっては気持ちが楽だ。フカセ釣りの重い荷物を担ぎ直して移動するのは大変だが、毎度違う新しい場所でやることが多いため、実績の無い場所で不安を抱きながら我慢するより、少しでも良さげな場所を探すほうが自分には向いている。実際、徒労に終わることもあるが、逆転釣果を得ることも多い。

以下のような場合は「釣れる感じ」がしないので諦める。

・釣座にたったもの当て潮だったり、思いのほか風が強くて釣りづらい場合。
・潮の流れが周囲の人に比べて明らかに不利な場合。
・2時間以上アタリが無い場合。
・フグやネンブツダイなどエサ取りが多くて対処できないと思った場合。

釣座の目利きが最大の技術

本来、最初の2つは竿を出す前に判断できなければいけない。上級者は海を見ただけで潮の流れを読み、地形や天候を総合的に判断して釣座を決める。一旦竿を出してからでは既に遅く、人気の磯なら移動しようにも釣り座が埋まってしまっているから圧倒的に不利になる。

通えば必ず釣れる

釣果を安定させるには同じ釣り場に通うのが一番。通うことで釣れている人のやり方や場所の特徴が把握できるから次回に活かせるし、ダメな日の見極めも早くなる。しかし、毎回違う場所で釣果を上げるのは前述の目利きができないと毎回ボーズになりかねないから事前の情報集めが重要となる。

釣果は潮が8割

プロの書いた本にもそうあった。プロ中のプロでも潮がダメならヒットは難しい。ただプロやトーナメンターのような上級者は残りの2割で素人と差をつける。良くない場所で素人が1匹なら3匹、素人が3匹なら10匹釣り上げる。

この日も側の先釣者は開始早々からガンガン釣り上げていたが、自分の釣座はどうにも潮の流で釣りづらくアタリもでなかったため、風が収まったのを機に移動したところ、すぐさまヒットした。

また先日釣行した堤防は特殊な潮で、一箇所しか釣れない癖のある場所だった。その日はボーズだったが次回につながる貴重な経験を得た。

若者を叩く資格の無い高齢釣り師

人気釣り場「網代」の閉鎖をふり返り

 

人気の網代が釣り禁止になって二年が経つという。

自分が釣りを始めたのは数年前なので一度も行ったことがないのだが、釣り禁止となったいきさつをある釣り場で聞いた。

ゴミを撒き散らすのはどこでもある話だが、深夜に騒いだり、係留してある船舶にいたずらしたりするほか、挙げ句は船外機を盗む輩までいたというから驚きだ。

 

アンタ、それ言う資格ないよ

「外から来た若い連中の仕業で、地元じゃないから汚しても平気なんだ。こっちはいい迷惑でまったくけしからん」

そう嘆く高齢釣り師だったが、その男は釣り場にゴミを捨ててはいなかったものの、釣った外道(アイゴ)を通路に放り投げていた。

 

釣った魚を道端に捨てるのは生命の尊厳を傷つける魚への冒涜である。
生ゴミを捨てることと何ら変わらないし、アイゴは毒針を持つだけに知らない人が踏んだり触ったら大変危険だ。

そんなことも考えない高齢者に若者を悪く言う資格があるのだろうか?

 

正義を語らず道徳を説く

フカセ釣りをしない釣り師は、コマセが臭くて汚いと文句を言う。

確かにこういう後始末をしない輩がいるからフカセ師の評判が悪い訳だが・・・

では石鯛師はゴミを出さないのかと言えばこの有り様。

サザエの貝殻やタバコの吸い殻、ラインの端切れは放置だ。

ついでに言えば、ルアーマンも根掛かりしたルアーや餌木は放置しているし、河川では木々に絡む蜘蛛の巣のようなラインの残骸も酷い。

 

つまり、釣り師はみんな五十歩百歩なのだ。程度の差こそあれ、釣り場の環境を乱していることを皆が自覚しなければならない。互いに叩くのではなく、フォローする気概が必要だろう。

それゆえベテランが無知なビギナーに怒鳴ったり高圧的に文句をつける姿をよく見かけるが、あれは痛い。本人は正義を語っているつもりだが、傍から見れば同類である。

「お前らも散々それをやったんじゃねーの?」と言いたい。

皆がもっと寛容かつ丁寧に粘り強く啓蒙していく必要がある。

 

釣り業界も含めて釣り師の道徳が向上しない限り、同じことが繰り返されて釣り場が閉鎖されていくだろう。